校正の仕事を始めて間もないころ、原稿の「裏路地」という言葉に、あるベテラン校正者がぴしゃりと言いました。「裏路地なんて日本語はないよ」。赤字で直しはしない。でも、指摘はする——その姿勢に、私はしびれました。今日は「裏路地」と「路地裏」のお話です。
目次
ポイントを整理すると
- 「路地裏」は辞書に載っている、定着した言葉。広辞苑(第七版)では「路地の中。表通りに面していない所」と説明されています
- 一方「裏路地」は、広辞苑にも明鏡国語辞典にも見出し語がありません。意味は通じても、辞書のうえでは”認められた見出し”になっていないのです
- だからきちんとした文章なら、迷わず「路地裏」。ベテランが「路地裏に」と指摘するのには、ちゃんと根拠があるのです
「赤字にはしない、でも指摘はする」の意味
ここが校正の奥深いところです。「裏路地」を頭ごなしに赤で消してしまうのではなく、「路地裏では?」と根拠を添えて指摘する。最終的にどうするかを決めるのは、書き手や編集の側だからです。
でも、指摘するからには根拠がいる。「なんとなく違う気がする」ではなく、「広辞苑にも明鏡にも見出しがなく、標準的に定着しているのは路地裏です」と、辞書という物差しで示す。ベテランの「裏路地という日本語はない」という一言の裏には、そうやって辞書を引き比べてきた長い時間があるのだと思います。
現場からひとこと
もちろん、雰囲気を出したいコピーや、くだけた文章で「裏路地の居酒屋」と書きたくなる気持ちも分かります。言葉は生きものですから、いつか「裏路地」が辞書に載る日が来るかもしれません。それでも、いま・この原稿・きちんとした文章という条件なら、私は迷わず「路地裏」を選びます。
あのときのベテランの一言は、今も私の指針です。曖昧なままにせず、辞書に戻って確かめる。そして、直すのではなく気づきを届ける。校正って、そういう仕事なんだと教わりました。
迷ったら、辞書に戻る。そして「路地裏」へ✍️
※事例は実際の経験をもとに再構成した架空の例です。

