ゲラの「彷彿とさせる」に、赤字が入っていました。「彷彿させる(と、をトル)」——「と」を取れ、という指示です。えっ、「彷彿とさせる」って普通に使うのに。そう思って調べ始めたら、思っていたより奥のほうまで行き着きました。
ポイントを整理すると
- 正しい形は二つあります。「〜を彷彿させる」(他動詞の形)と、「〜が彷彿とする」(自動詞の形)。「を」の文と「が」の文で、作りが違います
- 「彷彿とさせる」は、この二つが混ざった形。「彷彿とする」の「と」+「彷彿させる」の「させる」——半分ずつ持ってきています
- ただし明鏡国語辞典(第二版)は「彷彿(と)させる」と表記。辞書の( )は「あってもなくてもよい」という意味なので、辞書としては認めています
ちなみに「彷彿」は、辞書では「髣髴・彷彿」と二つの表記が並んでいます。同じ言葉の別の書き方ですね。記者ハンドブック(第14版)は、どちらの字も使わず「ほうふつ」「まざまざ」への言い換えを勧めています。
辞書は「幅」、媒体は「選択」
ここが今回いちばん面白かったところです。辞書は認めているのに、赤字が入った。——矛盾しているようで、していません。
辞書が示すのは「使える形の幅」です。明鏡が(と)と括弧に入れているのは、「どちらの形もありますよ」という意味。いっぽう媒体は、その幅の中から「うちはこれで書く」と一つを選びます。文章全体を揃えるためです。
だから今回の赤字は、「彷彿とさせるは間違いです」ではなく、「この媒体では、この形で書きます」という意味だったんですね。辞書が広く、媒体が狭い。どちらも間違っていません。
そして——赤字は「決まっていること」、鉛筆は「提案」でしたよね。赤字だったということは、決まりがあるということ。道具から根拠を逆算できる、というのは本当でした。
現場からひとこと
正直に書くと、ベテランの方に「これはどうしてですか」と直接聞くのは、少し恐れ多かったんです。忙しそうにしているし、こんなことで手を止めさせるのも申し訳ない。
でも、表記ルールを開いたら、そこに答えがありました。「彷彿させる」「彷彿とする」——二つの形が、ちゃんと並んで載っていた。混ざった形は、載っていなかった。それだけのことでした。
人に聞けなくても、資料は答えてくれる。校正者が辞書やルールブックを持つというのは、こういうことなんだなと思いました。聞けなかった自分を情けなく思っていたけれど、調べたら分かった。それなら、これでよかったのかもしれません。
辞書が示すのは可能性の幅、媒体が決めるのはその中の一つです✍️
※事例は実際の経験をもとに再構成した架空の例です。

