「女心と秋の空」。移り変わりやすいもののたとえとして、当たり前のように使っていました。ところが辞書を引いてみたら——先にあったのは「男心」のほうだったんです。しかも辞書には、入れ替わった経緯まで書かれていました。
目次
ポイントを整理すると
- 広辞苑(第七版)が慣用句として載せているのは「男心と秋の空」。「女性に対する男性の愛情は、秋の空のように変わりやすいというたとえ」と説明されています
- そして続けて、「のちに、『男』を『女』に置き換えて『女心と秋の空』ともいう」——入れ替わりの順番まで、はっきり書かれています
- 明鏡国語辞典(第二版)も「男性の愛情は秋の空模様のように変わりやすいということ」。「男心」の見出しの中で案内されています
ことわざも、入れ替わる
面白いのは、どちらも今は生きていることです。もとの形である「男心と秋の空」も、あとからできた「女心と秋の空」も、辞書に載っている。だから「女心と秋の空」は誤りではありません。むしろ今は、こちらのほうがよく使われているくらいです。
辞書は「正しい形」を示すだけの本ではないんですね。言葉がどう変わってきたかも、そのまま記録している。「のちに」という一語に、何十年、何百年かの時間が畳み込まれている——そう思うと、たった一行の説明が、ずいぶん奥行きのあるものに見えてきます。
現場からひとこと
実務の話をひとつ。最近は、性別で決めつける言い回しを避ける媒体もあります。そういう原稿では、「男心」と「女心」のどちらを使うかという以前に、この表現を使うかどうかから考えることになります。
ことわざとして辞書に載っている、だから使ってよい——それは正しいのですが、校正で見ているのはそこだけではありません。この文章は、誰に、どんな媒体で届くのか。言葉の正誤と、届き方。その両方に目を配るのが、この仕事だと思っています。
先にあったのは「男心」。でも移ろいやすいのは、たぶん秋の空のほうです🍂
※事例は実際の経験をもとに再構成した架空の例です。

