地図の校正をしていたときのことです。街の全体地図には「あずま通り」、その一部を拡大した地図には「あづま通り」——同じ通りなのに、二枚の地図で名前が違っていました。正しいのはどちらなのか。調べてみたら、これまでとは違う場所に答えがありました。
ポイントを整理すると
- 広辞苑(第七版)にも明鏡国語辞典(第二版)にも、見出しは「あずま」しかありません。現代仮名遣いでは「ず」と書くのが原則で、「づ」を使うのはつづく(同音の連呼)・みかづき(二語の連合)のような場合だけです
- それでも正解は「あづま通り」でした。通り名は固有名詞——名前の持ち主が決めた表記が、唯一の正解だからです
- だから確かめる先は、辞書ではなく現地の表示。実際の看板に「あづま通り」とあれば、それが答えです
辞書で確かめられない正解がある
このシリーズでずっと「辞書は正解表ではない」と書いてきましたが、今回はさらにその先でした。辞書がそもそも出番でない正解があるんです。
面白いのは、「あづま」が昔の仮名遣いの姿だということ。現代仮名遣いは戦後に定められたものなので、それより古くからある通りや店の名前には、昔の書き方がそのまま生きていることがあります。固有名詞は、仮名遣いの化石なんですね。だから「原則は”ず”なのに」と赤字を入れてしまったら、その通りの歴史ごと消してしまうことになる。
そしてもうひとつ。この間違い、一枚ずつ見ていたら気づけません。「あずま通り」も「あづま通り」も、単体ではどちらも自然に読めてしまう。誤字にも見えない。全体地図と拡大図を突き合わせたときにだけ、矛盾が現れる。間違いは文字の中ではなく、二枚のあいだにありました。
現場からひとこと
どちらが正しいか確かめるとき、地図アプリを見るだけでは止めませんでした。通り名が写っている現地の看板の写真を探したんです。地図の間違いを正すのに、別の地図だけを根拠にするのは少し心もとない——地図も間違えることは、目の前のゲラが証明していますから。
現地の表示の写真が見つかったとき、少しほっとしました。いちばん強い証拠は、名前の持ち主が実際に掲げているもの。辞書が使えない場面では、確かめ方そのものを組み立て直す必要があるんですね。
校正は、一枚の紙の中だけの仕事ではありませんでした。全体と部分、本文と目次、写真とキャプション——離れた場所どうしが揃っているかは、並べて見た人にしか分かりません。✍️
※事例は実際の経験をもとに再構成した架空の例です。

