「実力を余すことなく発揮する」。私はずっと、こう言うものだと思っていました。ところが辞書を引いてみたら、見出しになっていたのは「余すところなく」のほう。しかも「ところ」の意味を知って、なるほどと膝を打つことになりました。
目次
ポイントを整理すると
- 辞書に見出しがあるのは「余すところなく」。明鏡国語辞典(第二版)は連語として立項し、副詞的に「残らず、すべて」と説明しています(例:実力を余すところなく発揮する)
- ここでの「ところ」は場所ではなく、”残り・余分”のこと。広辞苑(第七版)も「余す所無し」を「余分がない」と説明しています
- 「余すことなく」は、手元の辞書では見出しになっていません。ただし「誤用」と書かれているわけでもありません
「ところ」=残り、と分かった瞬間、すとんと腑に落ちました。余す”ところ”が無い=残っている部分がない=すべて。この筋道があるから「ところ」なんですね。「こと」だと抽象的な”事柄”になってしまって、”残った部分”という手ざわりが消えてしまいます。
「余すところ」の、二つの顔
面白いのは、同じ「余すところ」が、正反対に見える二つの使われ方をすることです。
- 余すところなく=残りがない → すべて・全部(例:実力を余すところなく発揮する)
- 余すところあと三日=残りはわずか(例:今年も余すところあと三日となった)
片方は「全部」、もう片方は「もうわずか」。真逆のようですが、どちらも”残り”の話なんです。「なく」がつくかどうかで、意味がくるりと裏返る。言葉って、こういうところが面白いですね。
現場からひとこと
ここで気をつけたいのが、「辞書に載っていない」と「誤りと書かれている」は別だということです。たとえば「明るみになる」は、明鏡にはっきり「誤用」と注記があります。でも今回の「余すことなく」には、そういう記述はありません。ただ、見出しに立っていないだけ。
だから校正でも、赤字で消してしまうのではなく、「余すところなく、では?」と、辞書を根拠に添えて指摘します。この見極めを飛ばしてしまうと、正しくない指摘をしてしまうかもしれない。載っているのか、誤りとされているのか、それとも触れられていないのか——資料が”何と言っていないか”まで読むのも、校正の大事な仕事だと思っています。
「ところ」は”残り”のこと。だから「余すところなく」です✍️
※事例は実際の経験をもとに再構成した架空の例です。

