【校正の現場から】「絶景三昧」はOK。では「酒三昧」は? ルーツは仏教の言葉でした

ある旅行記に「山も海も花も、絶景三昧の旅でした」とありました。すてきな一文です。ただ「三昧」という字が気になって、辞書を引いてみました。すると、この言葉がもともと仏教の修行の言葉だったと分かりました。

目次

ポイントを整理すると

  • もとは仏教の言葉です。広辞苑(第七版)は「心が統一され、安定した状態」、明鏡国語辞典(第二版)は「雑念を捨て、精神を一つの対象に集中すること」と説明しています。広辞苑には〔梵語 samādhi〕とあり、サンスクリット語「サマーディ」の音に漢字をあてた言葉です
  • ほかの言葉に付くと、濁って「ざんまい」と読みます。意味は「熱中する」(読書三昧の日々)と「したい放題」(贅沢三昧・刃物三昧)の二つに広がりました
  • 記者ハンドブック(第14版)は、接尾語のように使うときは平仮名で「読書ざんまい」と書くとしています。さらに「もとは仏教用語なので、ギャンブル・酒ざんまいなどとはしない」という注記もあります

辞書は幅を映し、ハンドブックは生まれに敬意を払う

まず結論です。「絶景三昧」は、辞書の上ではまったく問題ありません。景色に夢中になる、という「熱中する」ほうの使い方です。

面白いのは、その先です。辞書は「ぜいたく三昧」「刃物三昧」まで載せています。実際にそう使われているからです。いっぽう記者ハンドブックは、酒やギャンブルには使わないと線を引いています。理由は「もとは仏教用語だから」。心を一つに集中させる修行の境地を表す言葉を、酒浸りには使わない。言葉の生まれに敬意を払っているんですね。

「彷彿とさせる」の回で、「辞書は幅を示し、媒体はその中から選ぶ」と書きました。今回も同じ形です。ただ、選ぶ理由が「言葉への敬意」だったのは初めてでした。

もうひとつ、校正で気をつけたいことがあります。「三昧」の「昧」は日へんです。口へんの「味」と取り違えて「三味」と書かれた原稿をときどき見かけます。「三味」は三味線の「三味」です。サマーディの音をあてただけの字なので、字の意味から覚えられないのも取り違えやすい理由かもしれません。

現場からひとこと

この一文に、直すべきところはありませんでした。新聞のルールはすべての文章に当てはまるわけではありませんし、絶景は酒やギャンブルとは違って、胸を張って「三昧」と言える対象です。

それでも調べてよかったと思います。引っかかったのは一語でしたが、その先で遠いインドの修行の言葉に出会えました。そして「三昧」の本来の意味は、一つのことに心がすっかり集中した状態です。山と海と花に見とれて、ほかのことを忘れていた旅だったなら——

景色に心を奪われる旅は、いちばん本来の「三昧」に近いのかもしれません✍️

※事例は実際の経験をもとに再構成した架空の例です。

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